2016年12月12日月曜日

あなたの球速が10キロアップすることが
できるとしたら?






炎上を繰り返していた僕が
球速アップするまで



んにちは、けんじです!




あなたは
『ストレートだけでバッターと勝負』
することができますか?

僕はできます。


なぜなら140キロ

速球を投げることができるからです。


僕は140キロの速球を

投げられるようになってから、
県内で注目投手になり、
県大会でベスト4まで
勝ち抜くことができました。







チームにとって
必要のない存在

高校一年生の頃の僕は
ストレートで勝負することが
できませんでした。


僕はストレートを投げたら
ホームランを打たれるイメージをし
足がガクガク震えて降板したくなりました。


このまま投げても炎上して
結局、監督・コーチからの
評価は下がる一方だという現実。


中学の頃はこんなに炎上したことなかったのに・・・


今日もどうせ炎上して終わりだ
抑えるイメージは全くないまま
2軍戦の2試合目の最後の方に
おまけとしてマウンドに上がります。


マウンドに上がると、周りの
「またあいつか、試合終わんねーな」
という非情な心の声が聞こえてきます。



奇跡でもいいから、三者凡退してくれ・・・


そんなことを願っていても
いつも通りヒット、ヒット、
フォアボールで満塁を作り、
大量失点。



試合後のミーティングでは
「いつもヘラヘラしてるからだろ!」と先輩に言われ、
ボロボロの心をナイフでえぐられる。


あー、・・・もう嫌だ・・・
泣きながら家まで自転車をこぎました。


野球辞めようかな、
このまま3年間スタンドだな、
受験勉強に切り替えよう


そんなふうに考えるようになりました。



そんな悩みが出てくる中で
次の試合では何がなんでも
結果を出そうと思いました。



抑えるしか・・・ない!


そして、
打者のタイミングを
ずらすように投球フォームの
リズムを変えてみました。


次の試合では5回無失点に
抑えることができました。


しかし、
その次の試合、そのまた次の試合と
大炎上してしまいました。



結局、5回無失点に抑えたことは
ただの奇跡で相手チームが弱いだけでした。


もう何をしても意味ない・・・


 そもそも
ピッチャーはどんな練習を
すればいいのかわからない。


もうどうでもいいやと思ってました。



もう、エースになるのは
不可能だと思いました。


小学生の頃から憧れだった
夏の大会で背番号1をつけること。


センスがないんだからしょうがない。

人生は野球だけじゃないって言うし。


・・・


ほんとはエースになりたい
諦めたくない。


僕の野球人生を
左右することとなった出会い


そんな時、年末の練習に
母校のOBで横浜DeNAベイスターズ
の一軍で活躍しているピッチャー
練習に来ました。。


僕は「今しかない!」と思って
僕の悩みを話し、
球速を上げる方法を聞きました。


そこで聞いた話はどれも衝撃が走りました。


『球が速くならなかった訳』

『球速をアップさせる原理』

膨大な情報を教えてもらいました。



僕にとっては
最後の望みだったため、
教えてもらったことを
ひたすら頑張りました。


高校1年の1月から
 教えてもらったことをやり続け、
3ヶ月後の4月に球速を測ったら
なんと5キロも球速アップしていました。


そして
私はこの方法なら球が
速くなると思い、
練習をし続け、4ヶ月後の5月には
10キロも速くなりました。


練習試合では
打者が僕のストレートに空振りするようになり、
自信をもって腕を振れるように
なったことで
コントロールも良くなりました。


そんな日々を過ごしていくうちに
遂に2年の秋の自分たちの代になり
背番号1をもらうことができました。


高校1年の頃、
同級生でエースになると
思われていた選手は背番号8でした。


あの頃の僕からしたら
信じられないことです。


炎上ばかりしていた僕が
大会で活躍

そして
秋の大会では
球速は15キロアップし、
3回戦ではノーヒット・ノーランを
達成し、
あと一勝で関東大会というところまで
勝ち進むことがました。


気づいたら、新聞に
載るようになっていました。




両親は
僕の記事をとっておいて
直接言葉では言われないものの
喜んでいるのを感じとれました。


そしてまた、一冬超えて
球速は20キロアップし、
春の大会ではベスト4、
最後の夏の大会でもベスト8という
結果を残すことができました。



秋、春、夏と
全ての試合をエースとして
一人で投げきりました。


夏の大会では
3試合連続完封し、
イニング数と以上の三振を
とることができました。


新聞には県内No.1右腕
書かれ、球場の観客は
満員でした。


満員の球場で
野球をすることは
めちゃめちゃ気持ちいいです。


ベンチでは
「ピッチャー頑張ってるから
絶対この回に点を取ろう!」
といった言葉が飛んでいました。。


大会後、
チームメイトや監督からは
「お前がいなかったら
ここまで勝ち進めなかった」
感謝されました。




練習試合で炎上して試合を壊し、
邪魔者扱いだった僕
感謝されたのです。



あの人に球速アップさせる方法を
教えてもらわなかったら、
甲子園を目指すどころか
スタンドで応援です。


夏の大会では

テレビ中継があったり、
新聞記者の取材を受け、
僕の活躍を知り合いの
ほとんどの人は知っていました。


地元ではスターのような存在に

なることができました。


僕は最後の賭けにかけて
エースをつかみとり、
活躍することができました。



 さて、
どうして僕はこれほど
球速アップさせることができたのか?

それには

・全身の力をボールに伝える投球フォーム

・運動能力を上げる方法

・エネルギーを生み出すエンジンを大きくする方法

・大きくしたエンジンをスピードに変換する方法

・投球フォームと練習法の嘘とホント

等々、
膨大で強烈な情報を組み合わせて
完璧なる球速アップメソッド
を作り上げたからです。



僕は昔からセンスはないものの
探究心をもって練習をしていました。


だから、
走り込みといった確実性のない
練習に疑問を持っていました。


そこで
僕の球速アップメソッドは僕が
たまたまうまくいっただけ
ではないかと思うようになり、
他人に対してどのくらい再現性が
あるのか試し始めました。

あなたも球速アップすることが
できるんです!

僕が高校2年の頃、
後輩のN君が結果が出ないことに
悩んでいいたので
僕と一緒に同じ練習メニューを
毎日やりました。



N君は僕以上に球が遅く、
足も50m走が7秒台と遅く、
僕以上にセンスがありませんでした。

1年生の中では
5番手のピッチャーでした。


N君は
「自分でも球速を上げることが
できますか?」と泣きそうに
なりながら聞いてきました。


確信はありませんでしたが、
一生懸命取り組んでほしかったので
「絶対球速は上がる」と答えました。


さすがにこいつじゃ無理か
なんて思ってましたが、
N君は真面目だったので、
僕も真剣に教えました。


結果、
N君の3カ月後の球速は

10キロアップさせることに成功しました。


僕が3年の春になった頃には
ベンチ入りしていました。

気づいたら、
僕がライバル視する存在になっていました。

僕が引退した後の
秋の大会では背番号1をつけて
投げていました。



5番手からエースをつかみ取ったのです。




私はこれで確信と自信がつきました。
誰でも球速を上げることができることを。



球速を上げる条件を満たしてあげるだけで、
あなたの球速は必然的にアップするのです。

その条件が合わない、
出来ない時には
出来る条件をやるだけです。

何度も言うことになりますがが

あなたも絶対
球速をアップさせることができるのです。


理想の魅力的なピッチングを
手に入れて、
ついでに
最高の野球人生を過ごして欲しいと
思います。


次回は
球速アップの現実について
伝えていきます。


これを読むことで
球速アップへの不安が
球速アップできるという
確信が変わります。


ぜひ、楽しみにしていてください。



今回も最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

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